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インクルーシブ教育の事例から学ぶ共生社会の未来

作成者: にしのやすひろ|2024/02/29 4:41:45

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近年、各自治体でインクルーシブ教育の導入が活発に進んでいます。その流れを受け、お住まいの地域でも検討したいとお考えの方も多いのではないでしょうか。この記事では、インクルーシブ教育の概要や課題、そして自治体の先進事例について解説しています。ぜひ最後までお読みいただき、多様性ある教育の検討材料としてご活用いただければ幸いです。

インクルーシブ教育が求められている背景

社会の価値観が多様性を重視する方向に向かい、障害の有無にかかわらず全ての子どもがともに学ぶ仕組みである「インクルーシブ教育」が注目を集めています。この新たな教育スタイルは、多様な特性を認めながら、障害のある者と障害のない者がともに活躍することを提唱しています。

インクルーシブ教育が推進されている背景には、これまでの特別支援学校や特別支援学級での教育が、多様化する生徒のニーズに対応しきれていないという現実があります。日本の教育現場では障害のある生徒を区別して教育することが一般的で、これでは十分な支援が難しいという問題が指摘されていました。

文部科学省は共生社会の形成に向け、「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」において学校教育の方向性を示しました。この報告書によれば、障害者の権利に関する条約に基づく「インクルーシブ教育システム」の理念が共生社会の形成において極めて重要であり、そのためには多様な学びの場を提供する必要があるとされています。

通常の学級・通級による指導・特別支援学級・特別支援学校といった連続性のある「多様な学びの場」を構築し、障害のある児童生徒と障害のない児童生徒がともに学び、お互いの個性や特性を尊重し合うことで、共生社会の基盤を築くことが期待されています。

インクルーシブ教育を取り入れるメリット

文部科学省が提唱した「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」では、以下の3点でインクルーシブ教育システムが定義されています。

  • 障害のある者と障害のない者がともに学ぶ仕組みであること
  • 障害のある者が教育制度一般から排除されないこと
  • 個人に必要な「合理的配慮」が提供されること

これは共生社会の形成に向けた積極的な取り組みであり、その中心には子どもたちへの教育が位置しています。インクルーシブ教育には多くのメリットがあります。

たとえば、車いすの児童が同じ教室で学ぶ環境では、児童たちは車いすでの移動を自然に手助けします。車いすの生活が身近なものと感じられ、児童たちはどのような困難があるかを理解し、主体的に解決策を考えられるようになります。

子どもたちが多様性を実感できる環境で学ぶことで、共生社会の未来への道が開かれます。異なる立場の人と関わり、お互いを尊重し思いやる心を培うことで、二元論の発想から抜け出し、多様性を受け入れる社会の礎となるでしょう。

障害児本人と保護者にとっても大きなメリットがあります。特別支援学校が全国的に増加しているとはいえ、地域によっては遠方の支援学校に通学しなければならない場合があります。しかし、地域の学校での通学が実現すれば、保護者の負担が軽減され、ともに学ぶ環境が整います。

柔軟な支援時間の拡大 ~大阪府枚方市の事例~

大阪府枚方市は、支援学級の急増に対する解決策としてインクルーシブ教育を採用。市内の支援学級は平成29年度から令和4年度にかけて139学級も増加し、多様な児童生徒に対する適切な学習支援が求められました。しかし現状は算数や国語など具体的な科目の支援が中心であり、個々のニーズに適した支援が不足していることが明らかになりました。

この課題に対処するため、枚方市は「枚方版支援教室」を設立し、通級指導教室を開設。これまでは週5時間以上の支援を必要とする児童生徒を支援学級に配置、週5時間未満の児童生徒は通常学級に配置する方針でしたが、令和5年度からは支援時間をより具体的に週1〜8時間、週9〜14時間、週15時間以上と分類し、選択肢の幅を広げながらも通常教室で柔軟に必要な支援を提供する仕組みを整備しました。

また特別支援教育支援員の配置や専用の教育ソフトの活用、個別の教育支援計画の策定など、必要な人材と手段を整えつつ、教員は継続的な研修を通じてスキル向上に努め、教育の質の向上を目指しています。保護者との連携も強化し、希望に応じた「巡回相談」を通じて児童生徒の教育的ニーズに細やかに対応しています。

学校全体サポートの先駆け ~神奈川県の事例~

神奈川県は市町教育委員会および学校と緊密な連携を築き、平成27年度に「みんなの教室」プロジェクトを始動しました。このプロジェクトは障害の有無にかかわらず、全ての児童生徒が通常の教室で学び、必要に応じてサポートを受ける仕組みを築いています。

特筆すべき点は、特定の生徒を分離するのではなく、支援が必要な生徒を学校全体でサポートする仕組みを全国に先駆けて構築したことです。特別支援学級の教員だけでなく、教科担当の教員も支援に参加し、児童生徒一人ひとりに固定されず学校全体での支援を行います。

心の相談員や教育相談コーディネーターが常駐し、生徒が抱える悩みや不安に寄り添います。必要な支援を提供した後は、学校全体で情報共有が徹底されています。

この取り組みの成果を踏まえ、神奈川県は令和元年度から「インクルーシブ教育校内支援体制整備事業」を開始。県内の学校で支援体制を整備し、ユニバーサルデザインの視点を取り入れた授業づくりに取り組んでいます。

児童の主体性を尊重した学び ~北海道根室市の事例~

北海道根室市では、花咲港小学校がモデル校となりインクルーシブ教育が展開されており、先進的なアプローチで各自治体から注目を浴びています。その取り組みが「ブロックアワー」と呼ばれる時間割の構築方法です。児童一人一人が自身で学ぶ内容を選択することで、主体的な学びを可能とし、自分の進学ペースに合わせた環境を整備する仕組みです。

根室市教育委員会の波岸克泰教育長は、「先生の指示に従うだけでなく、お互いを尊重し合える環境を大切にしたい」と述べ、従来の教育モデルを超えて、個人の成長に焦点を当てる姿勢を示しています。

市は将来的に花咲港小学校を障害児教育の拠点とし、インクルーシブ教育を市全体に拡充していく方針を掲げています。根室市の取り組みは市内外からの視察や入学に関する問い合わせを生んでおり、教育だけでなくまちづくりの観点からも注目されるべき事例と言えます。

インクルーシブ教育の課題

インクルーシブ教育を検討するなかで、大きな課題となるのが物理的な環境整備です。これまでの教育現場は健常児に合わせたデザイン・レイアウトになっている場合が多く、特に古い校舎ではユニバーサルデザインの実現に課題があります。例えば、令和4年9月時点でのバリアフリートイレ整備率は70.4%、スロープの設置率は61.1%、エレベーターは29.0%と低い水準にとどまっています。設備はインクルーシブ教育の実践に不可欠であるため、同時に検討する必要があります。

また、教員の専門性不足も深刻な問題です。特に発達障害児の支援が通常教室で行われる中、全ての教員が必要な知識・技能を有しているとは言えません。学校全体で専門性を高めていくためには、校長や教頭、教育委員会の指導主事も含め、教員の研修が不可欠です。ただし、現状の教員不足に加え、多様な教育的ニーズに対応するのは難しく、外部人材(学校支援員など)の活用が現状必須です。待遇改善などによる人材確保の施策も求められるでしょう。

多様性を尊重し全ての児童生徒に必要な支援を

この記事では、大阪府枚方市・神奈川県・北海道根室市の事例を参考に、インクルーシブ教育について解説してきました。各自治体ともに柔軟な教育環境を整備することに注力していることが見て取れます。ぜひ参考にしていただき、お住まいの地域のヒントとしていただければ幸いです。

【参考資料】

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/houkoku/1321667.htm
https://www.city.hirakata.osaka.jp/cmsfiles/contents/0000047/47974/01_20220914kyoiku.pdf
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/j7d/cnt/f533456/syoutyuuniokerutorikumi.html
https://www.city.nemuro.hokkaido.jp/material/files/group/31/r5sougoukyouikukaigigizi.pdf