秋田県の代表的な特産品、いぶりがっこ。ところが、この漬物の製造が危機に面していました。背景にあるのは、2021年に施行された改正食品衛生法。食中毒のリスクを踏まえて、漬物の製造が許可制になったのです。 許可を得るためには、衛生的な製造設備を整えなければいけませんが、多くの農家にとって費用負担が大きな壁でした。 秋田県の食文化と雇用を守るため、超党派で予算化に動いた小原正晃さんに、実現までの経緯についてお話を伺いました。
小原正晃さん(47)プロフィール
秋田県議会議員(立憲民主党) 4期目
1977年生まれ
選挙区:横手市
●X
ー今日はお時間をいただきありがとうございます。自己紹介からお願いします。
34歳の時に、県議選に初挑戦しました。家族や親戚に政治家はおらず、マイク1つ、旗1つでなんとかなるかなと思っていたのですが、そうもいかず......。地域の皆さんの力を借りて、ギリギリ当選させていただきました(笑)
議員になる前は、秋田県横手市にある道の駅十文字の立ち上げをさせていただきました。第三セクターが運営することも多いのですが、ここは東北で初めての民間での運営でした。立ち上げ資金の2千万円を地域から集めたり、販売する農家さんを集めたりしていました。最初は、農産物の直売の売り上げが7千万円くらいだったのが、4年間で3億円、もうすぐ17年目になる今では6億円まで増えたんですよ。
ーそれはすごいですね。そこから、政治家を志されたきっかけは何だったのですか?
道の駅で働いていて、「地域や社会って変えられるんだな」と気づいたんです。規格外で売れなかった野菜が売れて農家の所得が増えたり、女性が活躍したりするようにもなって。「喜ばれている」という実感がありました。こういう取組みを秋田県全体に広めていきたいなと思うようになっていたんです。
友人のひとりに秋田県選出の国会議員がいるんですね。こんなことを考えていた頃に、彼に「秋田どう思う?」と聞かれて「このままだと子ども世代に自信をもって渡せないよね」と。そうしたら、「そう思っているやつが政治家をやるべきなんだ。一緒に頑張ってくれないか?」と言われて、「おぉやったろか!」というのがスタートです(笑)。
ーそこから現在4期目なんですね。
最初は行政のことも全然分からなくて。ただ正論を言っても周りの人を納得させて政策に結び付けることができないなと気づいたのが、1期目でした。そこから2期、3期と経験をしていくうちに、誰にどういう風に話をすれば政策が実現できるのかというのが分かるようになってきました。
やっぱり自分たちの会派だけでやるのではなくて、与野党関係なく巻き込んで渦を作っていく。これが大事です。みんな地域をよくしたくて、政治家になっているわけですから。地域をよくするためであれば、反対しないんですよね。ただ、そのもっていきかたが自分だけのパフォーマンスになってしまうと、政策に結び付かないです。
ー確かにそうですよね。今は、主にどのような政策に取り組まれてますか?
今特に力を入れている政策が2つあります。
ひとつは、賃金アップのための支援です。元をたどれば、平成23年に初当選した僕を含めた議員たちが主催になって、超党派で中小企業振興条例制定のための勉強会を開いていたんです。県議会全体を巻き込み、制定につなげたという経緯があります。今、県内の状況を見ていると、地元企業と誘致企業との間に格差が生まれてしまっている。待遇、賃金、福利厚生などあらゆる面でです。県独自の支援をすることで、給料が上がっていくことを実感してもらえる支援をしていきたいです。
もうひとつは、横手市に3年制の県立衛生看護学院があるんですね。これを4年制の県立大学看護学部に改組したいと思っています。
県でいちばん不足しているのが、若い女性の層です。実は、横手市は県で2番目に大きい都市なのですが、県内でも人口が多い、雄平仙地域には大学がひとつもないです。ここに4年制の大学があれば、学ぶ環境としてもよくなる。看護師は賃金も待遇もいいですし、働き口も確保される。ただ、予算と教授不足が課題です。
実はこれ富山県で実現され、すごくうまくいっているらしいですよ。定員が増えることで、県外からの若い層が流入する。就職先として病院とも連携することで、定住も進む。去年は、大学院まで設置されました。
ーとても興味深いです。政策実現の事例として、食品衛生法の改正に伴い、営業許可が必要になった漬物製造への予算化についてお聞かせください。
もともと漬物の製造は、県ごとに条例で決めてよかったんです。ところが、2012年に札幌市で白菜の浅漬けによって169人が食中毒、8人が死亡する事件がありました。それから、衛生基準が見直され、国で一律に管理されることになりました。
もちろん、衛生基準をよくするのはいいことです。ただすごく不満だったことが、議論の過程に漬物業者、スーパー、コンビニなどの大手しか入っていなかったことです。道の駅のような直売の人は蚊帳の外だったんですね。
ーすると、農家の方にとって最大のネックは何だったのでしょうか?
金銭面の負担です。漬物製造の許可をとるためには、衛生的な製造施設を作らなければならなくなりました。これは製造、包装、保管などする場所をきちんと分けるなど細かなルールがあるんですね。
そんな施設をつくるとなると、200万円とかかかってしまいます。でも、実際に道の駅とかで直売するような農家の方たちは、家の小屋を改装したようなところで作ってるんです。農家のお母さんたちから「どうしたらいい?」という声が寄せられました。
ーまずは何から着手されたのですか?
行政も対応をよく分かっていませんでした。そこで、知事に議会で質問をしました。「このままだと秋田県の食文化が失われてしまう。農家の収入源も減ってしまう。秋田県にとって大きな損失である」と。
補助金制度を作ってほしいという要望も出しましたが、予算不足ということで前に進みまず。何回も質問をして、「それならアンケートを取ろう」ということになりました。
ーその結果、どのようなことが分かりましたか?
全県でアンケートをとった結果、直売所などで漬物を販売している農業者636名のうち、補助金があれば営業をしたいという方が432名でした。70%くらいがやる気があるということです。そんなにいるのであればということで、県が予算化に動きました。
ー可視化するのは大事ですね。予算はどのくらいついたのでしょうか?
2022年度の予算では、県が上限3分の1まで補助金を出すことになりました。それだけではなく、市町村でも6分の1~3分の1ほど補助金が出ることに。仮に必要な経費が200万円だとして、半分から3分の2程の補助金が出るので、農家にとってはだいぶ使いやすくなったと思います。
最終的に、22年度と23年度であわせて約2.5億円が計上されました。これによって「続けたい」という意向のあった432名のうち384名が、この制度によってやめずに続けることができるようになりました。
ーここまで実現させるまでに、どんな工夫をされたのですか?
まずは、調査を約束してもらったのが大きかったです。調査によって、必要な政策だと認識されて、予算要求ができるようになりました。
それと、いろんな会派の人にも声を上げてもらいました。僕ひとりだったら実現できていません。直売所などが盛んな地域の議員にも「僕の質問には足りないところがあるから、一緒に質問をしよう」と声をかけました。僕は5回も6回も質問してるので、「漬物おじさん」って言われた時もありましたけど(笑)。でも実現するまで諦めずに、あらゆる機会で質問をした結果、これだけの予算がついたと思います。
あとは、マスコミも巻き込みました。地元新聞やNHKが「漬物がなくなる?!」という特集を組んでくれて、議員や地域の人にも関心が広がりました。困っている農家の人を連れてきて記者とつなげたりと取材のアレンジもしましたよ(笑)。
ーこの制度に対して、農家の方からはどんなお声をいただきましたか?
「ありがたい」、「このお陰で続けられるよ」などの声をいただきました。
これまでは、地域での販売にとどまっていたのが、製造施設を整備した結果、販路が広がったとういうプラスの面もありました。それでも、4割の人がやめたのは本当に残念ですね……。高齢に加えて、補助金があっても数十万は自己負担が残るので。それでも、少しでも補助金で支援することで、食文化と農家の所得を守れたのかなと思っています。
ーありがとうございます。最後に、今後、取り組んでいきたいことについて教えてください。
地方交付税の税の分配を変えることを国に提言したいと思っています。今の交付税は、人口によって決まっています。年間1万4千人が進む人口減の秋田県では、30億円以上の税収が減ることを意味するんです。
わたしたちは、人、物、金、食、自然、エネルギー……全てを首都圏に送っています。それなのに、東京では実現可能な給食の無償化も、サッカースタジアムの整備も、地方は予算不足でできない。
地方に住む人も首都圏に住む人も、等しく幸せになる権利があるはずです。これまでは、東京一極集中でした。地方を元気にして、日本全体の豊かさを底上げするのが次のステージだと思っています。