学校プール授業の外部委託とは?コスト削減と安全強化を実現
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近年、学校プールの管理と水泳指導を外部委託に切り替える動きが全国的に広がりを見せています。文部科学省も2024年7月、学校プールの管理を特定の教師に任せきりにせず、指定管理者制度や民間委託の活用を推奨する通知を出しました。
この動きは、教員の負担軽減やコスト削減、そして何より児童生徒の安全確保を目的としています。
注目を浴びる学校プール授業の外部委託ですが、その費用の差やメリット、課題はどういったものでしょうか?具体的な事例を交えながら、詳しく見ていきましょう。
なぜ学校プールの外部委託が進んでいるのか
教員の負担とその影響
学校プールの管理は、教員にとって想像以上の負担となっています。プールの清掃や水質管理、安全確認など、多岐にわたる業務が教員の肩にのしかかっています。ある教員は「1・2時間目に水泳の授業がある学年は、勤務時間より早く来てチェックを行い、急いで教室に戻って児童を出迎える」と語っています。
さらに、低学年の児童の着替えの手伝いや、忘れ物をした児童への対応なども必要です。授業後も次の学年のために水位調整をしたり、塩素濃度をチェックしたりと、休む間もない状況が続きます。このような状況は、教員の本来の業務である授業準備や生徒指導の時間を奪い、教育の質の低下につながる恐れがあります。
管理業務ミスによる賠償問題
プール管理のミスが教員個人の賠償責任につながるケースが増えています。例えば、川崎市の小学校では、教員のミスで190万円分の水が無駄になり、教員と校長に95万円の賠償が求められました。
同様の事例は全国で起きています。横須賀市では174万円、高知市では130万円の賠償請求がありました。中には千葉市のように、教員らが自ら申し出て438万円を全額弁償したケースもあります。
本来なら教員個人の責任ではなく、新たな設備や仕組みを、学校や行政の主導で整えるべきでしょう。しかし、財政状況が厳しい自治体も多く、なかなか手が回らないのが現状です。
このような事態は、教員の精神的負担を著しく増大させ、教育現場全体の士気低下にもつながります。さらに、教員志望者の減少を招く可能性もあり、教育界全体に大きな影響を与えかねません。
細かな不安の積み重ねが招いた死亡事故
最も深刻なのは、児童の安全が脅かされるケースです。2024年7月、高知市の小学生が中学校のプールで行われた水泳の授業中に溺れて亡くなる事故が起きました。
もともと使われていた小学校プールは建築から33年が経過し、ろ過ポンプも耐用年数を10年以上超えていました。市の財政難で設備更新ができず、急遽中学校のプールを使用することになりました。
しかし、中学校プールは水深が10cm深く、児童に不安を与えていました。また、教員も不慣れな環境での監視に負担を感じていたと考えられます。
このように、プールの老朽化、設備更新の遅れ、不慣れな環境での授業実施という問題が重なり、悲劇的な事故につながったのです。この事故は、学校プールの管理と水泳指導が児童の命に直結する重大な課題であることを私たちに突きつけています。
これらの複合的な問題を解決し、児童の安全を確保しつつ、教育の質を維持・向上させるためには、新たなアプローチが必要です。そこで注目されているのが、学校プールの管理と水泳指導の外部委託なのです。
学校プール授業外部委託のメリット
教員の業務負担軽減と教育の質向上
外部委託によって教員はプール管理の負担から解放され、本来の教育活動に専念できます。これは単に教員の労働環境改善だけでなく、児童生徒への教育の質向上にもつながります。
例えば、教材研究にかける時間が増えれば、より深い学びを提供できる授業が期待できます。また、個別指導の時間を確保することで、一人一人の児童生徒に寄り添った教育が可能になります。さらに、部活動や校外学習など、多様な教育活動にも力を注ぐことができるでしょう。
コスト削減の効果
外部委託は、一見すると費用がかかるように思えますが、長期的に見れば大きなコスト削減効果があります。例えば、山梨県富士吉田市の試算では、市内の小学校7校でかかるプールの維持費は今後40年間で約35億円。しかし民間施設にプール授業を委託した場合、約14億円に抑えられることがわかりました。これは実に6割ものコスト削減です。
また、宮城県名取市の市立高舘小学校では、プール授業を民間のスイミングスクールに委託することで、大幅なコスト削減に成功しました。同校のプールは老朽化が進み、全面改修には約3億円の費用がかかる見込みでしたが、年間68万円の委託費用で済むことが判明したのです。これにより、高額な改修費用をかけることなく、児童に安全で質の高い水泳指導を提供できるようになりました。
この効果は、単にプール授業が維持できることだけではありません。教員の時間外労働の削減、水道代や電気代の最適化なども期待できます。老朽化したプールにトータルでかかる費用を考えると、外部委託は財政面でも大きなメリットがあると言えるでしょう。
事故防止と安全対策の強化
外部委託先の多くは、水泳指導のプロフェッショナルです。彼らの専門知識と経験は、児童生徒の安全確保に大きく貢献します。例えば、水泳教育の専門家は「ボビング」と呼ばれる動作の習得が事故防止に有効だと指摘しています。これは水中で沈んでプールの底に足が付いたらジャンプし、上がったときに呼吸して、また沈むという動作を繰り返すもので、泳げない子どもの安全を高められるそうです。
また、専門家による適切な水深の設定や、児童の泳力に応じたグループ分け、さらには最新の安全設備の導入なども期待できます。このような専門的な指導と設備が整えば、水泳授業の安全性は格段に向上するはずです。
学校プール授業外部委託の具体例とその成果
山梨県富士吉田市の取り組みと結果
富士吉田市は2023年から、小学生の水泳授業を指導も含めて市内2カ所 の民間施設に委託しました。市教育委員会の堀内淳課長は「経済比較とか、いろんな場面の部分から検討して民間委託に決めました」と語っています。
具体的には、児童を水泳の能力別に5つのグループに分け、スポーツクラブのインストラクターが指導を行っています。これにより、一人一人の泳力に合わせたきめ細かな指導が可能になりました。
児童からは「学校では学べないような ちょっと難しい技とかチャレンジできたりするので楽しいです」「技を進めていけるようなすごく楽しいプール」という声が聞かれ、好評のようです。また、室内温水プールを利用することで、天候に左右されず授業ができるというメリットもあります。
宮城県名取市のモデル事業とその評価
名取市では2024年の夏、市立高舘小の水泳の授業を民間のスイミングスクールに委託するモデル事業を始めました。セントラスポーツ社が運営するスポーツクラブで、3、4年生と5、6年生の授業が行われました。
担任教師が見守る中、学習指導要領などに基づく研修を受けたインストラクターが指導を行います。5年生の担任は「段階を追って教える手法など、私たちにも学びになりました」と評価しています。
児童からも「『けのびは頭の場所が大事』だとか、ポイントを詳しく教えてもらえた」という声が聞かれ、専門的な指導への満足度が高いことがうかがえます。
学校プール授業外部委託の課題と解決策
移動時間や手段の確保
外部施設を利用する場合、移動時間の確保が課題となります。富士吉田市の例では、最大で片道15分かかるケースがあるそうです。これは45分の授業時間を考えると、無視できない時間です。
この課題に対しては、いくつかの解決策が考えられます。まず、水泳の授業を夏以外に分散させることです。室内温水プールであれば、年間を通じて利用可能です。これにより、夏季に集中していた授業を分散させ、より余裕を持ったスケジュールを組むことができます。
また、バスの運行を工夫することも有効です。例えば、複数のクラスや学年で同じバスを使い回すことで、効率的な移動が可能になります。さらに、地域の協力を得て、ボランティアによる送迎支援を依頼することも一案です。
プール授業の質と安全管理の維持
外部委託することで、学校側がプール授業の質や安全管理をコントロールしにくくなる懸念もあります。これには、学校と委託先との綿密な打ち合わせや、定期的な評価・フィードバックの仕組みを設けることで対応できるでしょう。
具体的には、年度初めに学校と委託先で指導計画を共同で作成し、定期的に進捗を確認する会議を設けることが考えられます。また、授業の様子を教員が定期的に見学し、必要に応じて改善点を指摘することも重要です。
さらに、児童や保護者へのアンケート調査を実施し、満足度や改善要望を把握することも有効でしょう。これらの取り組みにより、外部委託しながらも学校の教育方針に沿った質の高い授業を維持できます。
教員の業務範囲と責任の再検討
プール管理を外部委託する一方で、水泳指導における教員の役割や責任範囲を明確にする必要があります。単に「丸投げ」するのではなく、教育的観点からの関与をどう維持するか、慎重に検討する必要があるでしょう。
水泳授業での児童の様子を、学校生活全体の中で捉え、個々の児童の成長や課題を把握するのも教員の重要な役割です。これらの役割を明確にし、外部委託先と適切に連携することで、より効果的な教育が実現できるはずです。
より良い教育環境の提供を目指して
学校プールの外部委託は、教員の負担軽減、コスト削減、そして何より児童生徒の安全確保という大きなメリットがあります。一方で、移動時間の確保や授業の質の維持など、課題もあります。しかし、これらの課題は工夫次第で十分に克服可能だと考えられます。
学校プールの問題は、教育の質と安全、そして財政効率の問題が絡み合う複雑な課題です。しかし、子どもたちの命と健康を守り、より良い教育環境を整えるという観点から見れば、外部委託は有効な選択肢の一つと言えるでしょう。各自治体の実情に合わせて、慎重かつ前向きに検討を進めていくことが望まれます。
【参考資料】
学校における働き方改革に配慮した学校プールの管理の在り方について|文部科学省|2024
学校からプールが消える? 水泳授業の民間委託や外部施設利用が増加 その要因は...|TBS NEWS DIG|2023
学校の水泳授業、様変わり? 民間委託が開始、プール老朽化や猛暑も|朝日新聞デジタル|2024
プールの水流出 95万円弁償 教員の責任はどこまで?|NHK |2023
これからも学校で水泳指導をする必要があるのか|教育新聞|2024
水泳授業中に死亡した児童 プールに入る前「怖い」と訴え|NHK|2024