こべつ2025年8月に、地方議員の皆様を対象とした「AI活用で行うエスカレーターの事故ゼロを目指す施策」に関するウェビナーの内容をわかりやすくレポートとしてまとめさせていただきました、。
エスカレーター事故は高齢化が進む現代において、件数がどんどん増加しております。この課題に対し、先端技術を活用した具体的な解決策と、それがもたらす成果について、名古屋市・福岡市の事例を通じて深く掘り下げます。
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1. 深刻化するエスカレーター事故の実態:高齢化が加速させる公共安全の危機
エスカレーター上での事故は、単なる不注意によるものではなく、日本が直面する社会構造の変化によって引き起こされる深刻な公共安全の課題です。
データが示す事実は、エスカレーター事故がこの20年間で急増していることです。特に、20年間で災害発生率が
約2.7倍
に増加しており、これはエスカレーターの設置台数の増加だけでは説明できないペースです。
また、場所別の分析では、ショッピングセンターや百貨店よりも
交通機関
における事故の発生率が際立って高く、この20年間で
約5.7倍
に増加しています。
•
事故の原因別では、
「乗り方不良」
約3.2倍
に増加しています。乗り方不良には、手すりを持たない、踏段上を歩行・走行するなどが含まれます。
•
年齢別では、
60歳以上
の事故の発生率が20年間で
約3.8倍
と最も高く、高齢化の進行と強い相関が見られます。
設備をすぐに更新することは難しく、高齢化の進行も止められません。このため、乗り方という「利用者の行動」を早期に改善することが、事故抑制のための喫緊の課題となっています。
2. 従来の啓発活動の限界と条例整備の意義
長年にわたり、鉄道事業者や自治体、国土交通省などは共同キャンペーンやポスター掲示(啓発活動)を行ってきました。さらに、名古屋市(2023年10月)や埼玉県(2021年10月)では、エスカレーターの安全な利用促進に関する法律(条例)が施行され、利用者が立ち止まって乗ることが義務付けられています。
しかし、従来の対策には限界があります。
•
チラシやポスターなどの
アナログな啓発方法
はコストは低いものの、持続的な行動変容にはつながりにくいとされています。
•
駅員による
人的な監視や声かけ
は効果が高い一方で、人件費という
多大なコスト
がかかり、常時実施は困難です。
こうした背景から、行政主導で先進技術を活用した課題解決を目指す取り組みが活発化しています。名古屋市では「Hatch Technology Nagoya」が、福岡市では「mirai@(ミライアット)」といった、先端技術を用いた社会実証を支援する枠組みが活用されました。
条例の整備は、罰則規定がない場合でも、市民に対して行政が進める方向性を明確に伝え、「立ち止まって乗る」行為に
正当性
(後ろ盾)を与える上で非常に重要です。
3. 実証事例:AI活用システム「エスカレーター見守り君」の画期的な成果
株式会社来栖川電算(名工大発のAIベンチャー)が開発・導入を支援した、LiDARセンサーとAIを活用したシステム「エスカレーター見守り君」は、従来の対策では難しかった行動変容を、データに基づいて実現しました。
このシステムは、名古屋市営地下鉄伏見駅(2023年度)および福岡市地下鉄博多駅(2024年度)にて実証実験が行われ、いずれの地点でも顕著な効果が確認されています。
【技術的な特徴】
このシステムは、カメラではなく
3D LiDARセンサー
を使用し、エスカレーター周辺の人流を
3次元点群データ
として高精度に把握します。
•
3次元点群データを用いることで、個人の顔などの
個人情報が保護された状態
で動作し、プライバシー懸念を払拭しています。
•
AIによる解析精度は、利用者数の計測において
一致率99.16%
(人による目視カウントと比較して)と、人間を圧倒する正確さを示しました。
【具体的な効果(名古屋市伏見駅の事例)】
介入(AIによる注意喚起アナウンス)前後の比較で、以下の目覚ましい成果が確認されました。
1.
踏段上の歩行抑制効果:
エスカレーター上で歩く人の割合が
約50%
(具体的には49.70%)も大幅に減少しました。この効果は特に混雑時に大きく現れています。
2.
片側偏重の抑制効果:
片側に偏って乗る状況を示す指標も、1人あたりで
約8%
(具体的には-7.96%)減少しました。
3.
輸送効率の維持:
一人あたりの待機時間はわずかに増加しましたが(
+1.19%
)、輸送効率を大きく損なうことなく、これらの安全利用促進を実現しています。
現在、このシステムは名古屋市と福岡市の
複数の駅において、2025年秋頃に本格導入
されることが決定しています。実質的に、
効果が確認・公表されている
先進技術による取り組みは、この「エスカレーター見守り君」によるもののみです。
4. 行動変容の鍵:「居心地の悪さ」の創出と多様性への配慮
この取り組みの成功は、単に技術を導入しただけでなく、利用者の心理と社会的な要請に基づいていた点にあります。
【行動変容を促す仕組み】
AIが違反行為を正確に検知し、その場にいる人に対して
大きな音
で注意喚起をすることで、違反者にとって「居心地の悪い」状況を作り出します。この「居心地の悪さ」を回避したいという心理が、利用者の行動変容を促す大きな要因となっています。
【多様性と公平性への貢献】
名古屋市が条例を推進した理由の一つとして、安全性の確保に加え、「多様性」と「公平性」への配慮がありました。片側を開ける慣習は、怪我や病気などで左右どちらかの手すりを使いたい人、あるいは親子連れなどが安全に乗ることをためらわせる原因となっていました。条例とAIによる後押しは、こうした「モヤモヤしていた」住民が、周囲に気兼ねなく両側に立って安全に乗車できる状況を創出しました。
【質疑応答からの洞察:周辺業務への応用】
ウェビナーの質疑応答では、このAI技術の応用範囲に関する議論がありました。開発元からは、この高精度な検知システムは、エスカレーター事故防止だけでなく、
駆け込み乗車
や
ホーム柵の乗り越え
といった駅構内の他の安全管理業務の効率化・自動化にも活用できる可能性が示唆されました。自治体の皆様が抱える様々な駅運営・交通安全の課題解決の糸口となり得ます。
5. 導入検討にあたって必要なステップと予算の目安
地方自治体がこの先進的な課題解決の取り組みを推進するためには、技術的な側面だけでなく、行政内の体制と熱意が不可欠です。
【課題確認と体制整備のポイント】
1.
実態観察の実施:
まず、管轄内の乗り換え駅や混雑時など、エスカレーター上での歩行や片側空けが頻繁に見られるかを
現場で観察
してください。特に、交通局などの
担当課と連携
し、事故の実態や利用者の不安(立ち止まって乗ることへの不安も含む)を把握することが重要です。
2.
条例と枠組みの活用:
条例がない場合でも導入は可能ですが、条例化は後の施策展開の大きな後ろ盾となります。また、名古屋市や福岡市のような
先端技術を活用した課題解決を支援する調達スキーム
の有無も確認してください。
3.
「熱量」の高い担当課の発掘:
名古屋市や福岡市での成功の要因は、担当課やトップに熱意の高い職員がいたことです。
4.
先進事例の視察:
2025年秋頃には名古屋と福岡で本格導入が始まります。このタイミングで現地視察や、成功を収めた担当課との情報交換を行うことで、自治体内の熱量を高めることが推奨されています。
【予算の目安】
導入を検討する際の予算の目安として、ある自治体の試算が公開されています。
•
「2駅 5地点 10基」に対する「導入+5年間の維持」にかかる費用は、約4,000万円(税抜き)が一つの目安とされています。
◦
導入費:
約1,600万円
(
160万円/基
×
10基
)。
◦
維持費:
約2,400万円
(
48万円/基年
×
10基
×
5年
)。
•
ただし、この費用は仕様や工事内容によって大きく変動するため、必ず個別に見積もりを依頼する必要があります。
•
予算化が難しい場合は、「デジタル田園都市国家構想交付金」など、
補助金や助成金
の活用も有効です。
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次の一歩:貴自治体の課題に特化した解決策を見つけるために
エスカレーター事故防止は、地域の公共交通インフラの安全性と、多様な市民が安心して暮らせる社会の実現に直結する重要な課題です。名古屋市や福岡市の事例は、技術と行政の熱意が連携することで、長年の習慣すら変えることができるという強力なメッセージを私たちに示しています。
株式会社来栖川電算は、高い技術力と実証された実績を持ち、貴自治体の個別の状況に応じた最適な導入計画と、コスト効率の高い運用方法をご提案できます。
まずは、貴自治体の具体的な課題や、導入に関する懸念事項について、
講師を務めた来栖川電算の山口様
と、官民競争プラットフォームを運営する私たち(株式会社issues)との三者で、
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